
2月16日~自分事と思えない・・・
厳しい寒さの中にも、少しずつ穏やかな日が近づいているように感じます。
さて、日々の生活で生じる、様々なリスクに備える保険を損害保険と言います。
私は、お寺で勤める前は、損害保険会社に勤めていました。起こり得る事故を想定して、万が一の際にも、できる限り元の生活を取り戻せる補償を提案することが仕事でした。
その中で難しかったことは、そのリスクをどれだけ自分事として受け止めてもらえるか、ということでした。
自分がどれほど慎重に車を運転していても、相手からぶつかってくることもある。前の車が跳ねた石が飛んでくることもある。また、突然の自然災害によって、家が冠水することも、火災に巻き込まれることもあります。
それらすべて、自分自身の身に起こり得ることでありながらも、「自分は大丈夫」と、中々受け止めてもらえないことが多くありました
事故は予想もしないときに起こるものです。しかし、まさかこの私が今日事故に遭うとは誰も思いもしません。事故を経験して初めて、自分が事故に遭う身であると気付くのかもしれません。
それは、命の問題においても通ずるものだと、当時を振り返ったときに思いました。
生老病死の問題を抱える私たちは、日々老いに向かい、いつか病に苦しみ悩まされ、やがてはこの命を終えていく存在であることは知っていることです。しかし、それらが今この瞬間に、自分の身に訪れるとは誰も想像していないことです。幸せな日々が、明日も、明後日も続くと思い込んでいるのが私の姿です。
そのような日々を送りがちな私に、命の現実を知らしめてくださる教えが仏教であり、その私に救いの道を示してくださるのが浄土真宗のみ教えです。命の問題は遠い未来の話ではなく、私の今のことであります。
繰り返し何度もみ教えをお聞かせいただく中に、自らの姿と向き合う心が恵まれ、限りある命を仏さまと共に大切に歩ませていただく生き方へと導かれていきます。
共々に、お聴聞を重ねて参りましょう。
2026年02月17日【492】